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盛岡地方裁判所 昭和54年(ヨ)42号 判決

債権者

別紙(略)債権者目録記載の松本妙子

外六九名

右債権者ら代理人弁護士

山中邦紀

徳住堅治

債務者

北斗音響株式会社

右代表者代表取締役

西井秀夫

右代理人弁護士

田村彰平

主文

一  別紙債権者目録記載の債権者らがいずれも債務者の従業員としての地位を有することを仮に定める。

二  債務者は右債権者らに対し昭和五四年三月以降毎月二五日限り別紙賃金目録記載の各金員を仮に支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者ら

主文第一、第二項と同旨。

二  債務者

本件各申請をいずれも却下する。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債務者北斗音響株式会社(以下、単に会社または債務者会社という。)は、昭和三九年九月設立、資本金二億九、〇〇〇万円の、電気通信機器(各種スピーカー)製造を業とする株式会社であって、債権者らは、会社に雇傭されて勤務する従業員である。

2  会社は岩手県内に昭和四〇年に一関工場、同四一年に金ケ崎工場を設け、さらに、花巻市の誘致に応じて同四四年六月花巻工場を発足させた。花巻市は会社がスピーカー製造業界の有力かつ優秀な企業であることに着目し、地域の雇用安定に資するものとしてその誘致に努力し、同市内上根子地区の小学校跡地に約三三〇〇平方メートルを工場用地として斡旋し、税金の減免措置等の優遇策を講じた。

3  昭和五三年一二月頃の右花巻工場の従業員は債権者らを含む七九名で、債権者らは、低賃金ではあったが、自分の家から通勤でき、将来共安定した職場であるとの期待から、勤勉に稼働してきた。

4  ところが、会社は昭和五四年一月一二日突然、花巻工場の全従業員に対し「同月二〇日に花巻工場を閉鎖し、従業員全員に辞めて貰う」旨の解雇を申し渡した。その時点まで人員整理、操業短縮の話など全くなかったので債権者らは右解雇申し渡しに全く途方にくれた。

5  そこで、従業員らは同月一三日午後花巻工場内食堂で北斗音響労働組合(以下、組合ともいう。)を結成し、団結の力をもって右不当解雇の撤回斗争に立ち上った。当初七二名の組合員(男子四名、女子六八名。これは職制および事務職員以外の全員である。)で発足し、その後女子一名が抜けたので現在の組合員は七一名である。

6  債権者らは組合結成後会社に対し、解雇撤回を求めて再三団体交渉を要求し団体交渉が行われたが、その結果昭和五四年一月二〇日深夜に至り、会社組合間に次のとおりの内容の協定書が作成調印された。

(一) 会社は前記一月一二日付工場閉鎖全員解雇を撤回する。

(二) 一月二二日以降全従業員の就労を認める。

(三) これらに関連する事項は労使の交渉で決める。

7  その後も団交が続けられたが、会社は右交渉継続中に、文書により花巻工場の全従業員に対し一方的に、昭和五四年二月一〇日付をもって一関工場または金ケ崎工場へ配置転換する旨を命じてきた。組合は労使の交渉継続中に会社が一方的に右辞令を発したことを非難したが、事態解決めため団交を重ね、全従業員を住居地たる花巻市に近い金ケ崎町内の工場に配転できないか、同工場に往復するための通勤バスを購入配置できないか、配転せざるをえないとする損益上の根拠を明らかにせよなどを交渉・要求したが、会社は二月二五日の団交に至るも組合の右要求を一切受け入れない態度を示したので、組合はやむなく右配転には応じられないとの態度を明らかにした。会社はこれをもって退職の申出があったものとみなし、文書により債権者らを含む全従業員に対しこれまた一方的に、同年三月一日をもって離職日とする旨通知してきた。

8  以上の経過のとおり、会社は花巻工場閉鎖を必要とする具体的な根拠を明らかにせず、団体交渉の途中で一方的に配転命令を発し、さらに右配転に関する団交中に債権者らの従業員としての地位を否認する態度に出たものである。債権者らの生活は会社からの賃金収入にかかっているところ、会社がかかる作為的一方的解雇を強行するのは、正に解雇権の濫用以外の何物でもなく、解雇は無効である。

9  また、会社は昭和五三年六月申請外日本ミネチュアベアリング株式会社の傘下に入り債務者会社の株式の五一パーセントが右申請外会社に所有され、その系列会社になっているが、同申請外会社の企業系列全体からみるとき(企業系列全体では黒字である。)、敢えて花巻工場の全従業員を一律に解雇する理由および必要は全くなく、この点からも解雇は無効である。

10  さらに、債務者会社は人員整理の必要につき、計数を挙げ経営状態を明示して従業員の理解を求める努力を全くしなかった。事業報告書は本件仮処分申請後に初めて提出されたものである。また、会社には、不況を打開し人員整理を行わないで花巻工場を存続させるべく真剣な努力を示した節が全く見られない。仮りに会社に同工場を閉鎖する企業上の必要があるとしても人員整理については、新規採用、自然退職の比率、実人員等を会社全体として検討したうえで考えられるべきであり、花巻工場勤務者のみを、しかもその全員を解雇するか否かはその工場閉鎖とは別異に考慮されるべきものである。しかも、人員整理の基準については従業員の意向を取り入れ、退職希望者を募るなどから始めて行くべきである。しかるに、債務者会社はかかる手続過程を全く履まずに花巻工場従業員全員を解雇したのは、解雇に際して使用者に要求される信義誠実義務に反するものである。

11  会社における賃金は、前月二一日から当月二〇日までの一か月分を当月二五日に支払うことになっており、昭和五四年三月分以降未払である。債権者らの基本給は別紙賃金目録記載のとおりである。

二  申請の理由に対する答弁

1  申請の理由1ないし7および11の事実(但し、同7の事実中、昭和五四年二月一〇日付の文書は会社が債権者らに配転希望の意思を確認したもので、配転命令ではない)ならびに同9の事実中、申請外会社が債務者会社の株式の五一パーセントを所有していることは認めるが、同8ないし10の解雇権濫用の主張は争う。

2  本件解雇に至る経緯は次のとおりである。

(一) 昭和五四年一月二〇日会社組合間に申請の理由6記載の協定が成立したが、右協定は花巻工場閉鎖の撤回まで約したものではなく、むしろ、一月二七日を目途として工場を閉鎖することとし、そのための協議を行う旨の約定であった。そこで、その後の団交で会社としては組合に対し、工場閉鎖についての合意と工場閉鎖に伴う諸問題解決についての協議を求めたが、組合は問題をすりかえ、労基法違反の問題を取り上げて論難するのみで前向きに交渉する態度がみられなかったため、一月二七日を目途とした工場閉鎖の予定が大幅に狂い、なおかつ組合の同意を得る見込みが立たなかった。

(二) 会社としては時間の経過により赤字が累積し経営上の危機が深まるのみであるから、円満に工場閉鎖を行う手段として、また、債権者らの仕事を続けたいとの要望に答える意味で、花巻工場の全従業員を金ケ崎および一関の両工場に配置転換することを計画したが、組合は全く話し合いにのらないため、会社は二月一〇日配転希望意思確認書を債権者らに発送し、右両工場に勤務する意思の有無を確認した。そして、同月一七日には右配転問題を団交事項として正式に組合に提出し、右配転計画を説明し、問題は配転に応ずるか、さもなくば退職するかのいずれかである旨を告知したうえ協議した。同月二一日および二三日に団交が持たれたが、二五日に至り債権者らは全員、右配転に応じられない旨回答し、かつ、指定の出勤場所にも出頭しなかったため、会社は同年三月一日をもって解雇とする旨定めて債権者らに文書で通知した。

3  本件解雇は花巻工場閉鎖に伴う会社の業務上都合による整理解雇である。

(一) 会社の全体的状況としては、昭和五一年をピークとして同五二年二三・七パーセント、同五三年三〇・二パーセントと業績が落ち込んでいるが、その理由は長期不況による国内消費需要不振、円高ドル安のための対米輸出不振、ザイール紛争によるアルニコマグネットの急騰などによるものである。特に花巻工場で製作しているテレビ用スピーカーK型はピーク時、月産三一万二〇〇〇台であったものが、昭和五三年一二月には九万台となって七二パーセントも減少している。今後の受注の見通しについては、発展途上国との輸出競争、対米テレビ輸出規制などのため好転の見込がない。こうした状況の下で会社の経営状態は、昭和五一年度においては売上げは七四億四二〇〇万円、経常利益は一億六〇〇〇万円、配当は一五パーセントであったが、同五二年度は売上げ五七億八〇〇万円、損失三、三〇〇万円、無配当となり、さらに同五三年度は売上五二億円、損失二億二〇〇〇万円(為替差損を含む。)となる見込である。

(二) このように厳しい経済情勢と経営不振の下において、債務者会社が生き延びるための方策としては、現実に受注のないK型スピーカーを製作している花巻工場を閉鎖し、出血・赤字を最少限度に留めること以外にない。そうでないと債務者会社はただ倒産の坂道を転落し、現在操業中の金ケ崎、一関工場の従業員まで職を失って路頭に迷うことになる。このように花巻工場閉鎖による事業縮小は債務者会社の企業維持のための必要やむを得ない手段である。

4  本件解雇は解雇権の濫用ではない。

会社は解雇を回避し、工場閉鎖を円満に行うとの配慮から、前記配転を計画したが、債権者らは右配転を希望しなかった。その理由は家庭の主婦として家庭を守る必要があるからであるが、このように債権者らは職業によって生活を全面的に維持している労働者とは異なる立場にある。このように、会社も解雇を避けるためできるだけの努力をしたものであり、本件解雇は解雇権濫用によるものではない。

5  債務者会社は債権者らの三月分の給与および解雇予告手当として一か月給与を供託した。

第三疎明(略)

理由

一  申請の理由1ないし7の事実(但し、同7の事実中、昭和五四年二月一〇日付の文書が配転命令であるかいなかの点は除く。)は当事者間に争いがない。

二  (証拠略)によれば、会社は昭和五四年三月二日債権者らに対し、債権者らが同年二月一〇日付配転指示および同年三月一日付配転先出社指示に従わなかったことをもって債権者らが退職を希望したものとみなし、同日をもって離職日とする旨の意思表示をなしたことが一応認められるが、証拠上債権者らが前記各指示に従わなかったことをもって退職を希望したものとみなすべき根拠は全くないから右三月一日を債権者らの離職日とする旨の会社の右意思表示は、会社が同日一方的に債権者らとの雇傭関係を解消する旨の解雇の意思表示と解するのが相当である。そして、右意思表示の趣旨を会社の社員就業規則(〈証拠略〉)第四〇条に照らしてみると、右解雇はその中の「会社の都合による解雇」であり、後記認定の解雇の経緯に鑑みると、いわゆる整理解雇ということができる(以下、右三月一日付解雇を本件解雇という。)。そしてこの点は債務者においてもいちおう異論のないところと解せられる。

そこで、本件解雇の効力について判断する。

三  解雇権の濫用の主張について。

1  (証拠略)によれば、債務者会社の営業成績は会社設立後昭和五一年までは昭和四二年の一時期を除きいちおう順調に伸びて来たが、昭和五二年以後長期不況による国内の消費低迷、円高ドル安のためのカラーテレビ対米輸出不振、アフリカのザイール紛争による原料の高騰などの影響により下降し始め、昭和五二年度の売上げ業績は前年度(売上げ約七四億円、経常利益約一億六〇〇〇万円。)にくらべて二三・七パーセント減(売上げ約五七億円、経常損失約三三〇〇万円)となり、同五三年度も、前半期の営業成績から推すと同じく五一年ピーク時の三〇・二パーセント減(売上げ約五三億円、経常損失約二億一〇〇〇万円)になる見通しとなるに至り、特に花巻工場で製作しているカラーテレビ用スピーカーK型の生産は受注が大幅に減った(そのため生産量も昭和五三年一二月の月産量がピーク時の七二パーセント減となっている)上に右K型のマグネット材料値上りによるコスト高のため採算性が悪化したこと、また将来の受注の見通しについても発展途上国との輸出競争、対米カラーテレビ輸出規制などのため悲観的情勢にあること、そのため債務者会社は昭和五三年一二月二〇日ごろ企業合理化のため花巻工場の閉鎖を決定し、債権者ら花巻工場全従業員解雇の方針をかためるに至ったもので、本件解雇はその実行とみられうることをそれぞれ認めることが出来るから、本件解雇はいわゆる整理解雇にあたるものである。

2  しかし、一般に企業が経営困難に立ち至った場合、これを克服する方策の一つとしてこのような整理解雇があり、かかる方策を採用するか否かは使用者の自由ではあるが、他方、解雇は労働者およびその収入に依存して生活を維持している家族らの生活の基盤を剥奪するものであり、特に、不況下の整理解雇は、労働者側に何ら責められるべき事由がないのに使用者側により一方的に行われるものであること、また、不況下であればあるだけ再就職が容易ではなく、高令および女子の労働者の場合にはとくに困難を伴うこと、しかも、再就職をしたとしても終身雇用制と年功序列賃金体系を常態とする日本の雇用態勢の現状においてはほとんどの場合減収を余儀なくされることなどの諸事情に鑑み、整理解雇についてもただ整理解雇というだけで適法視されるものではなく、そこに自ずと信義則上一定の制約があり、右信義誠実の原則に反する解雇権の行使は無効と解すべしという判例法理が発展してきているのであって、本件において債権者らが大部分家庭の主婦だという事情を考慮してもなおこの法理を変更する必要をみない。かかる見解に立つときは、整理解雇が有効であるためには、更にその整理解雇が真に必要やむを得ないものであるか否か、人員整理の対象者の選定に客観的妥当性の欠ける恣意的要素がないか、解雇に先立ち整理解雇の回避手段即ち、配置転換等によって整理必要人員の吸収を図り、できる限り労働者側の犠牲を少なくする努力が払われたか否か、使用者が解雇に先立ち労働者ないし労働組合に対し人員整理の必要性などを十分に説明し、そのやむを得ざることを出来るだけ了解してもらえるよう真摯な努力をしたか等の諸事情を総合勘案した上で決定さるべきことになる。

3  かかる見地より見るときは、昭和五四年一月一二日になされた会社の債権者らに対する最初の解雇告知なるものは――その後撤回されたので余りふれる必要はないが――債権者らにとってその時点まで人員整理、操業短縮の話題など全く出たことがなく、正に青天の霹靂であり、しかも解雇日が通告からわずか八日後の同月二〇日付という著しく短期間のものだという一事のみによっても前認定の企業側の必要程度では到底正当化されない無効の解雇というほかはない。そこで問題は三月一〇日本件解雇がなされるまでの間にこれを正当化するだけの事情が生じたかどうかなのでこの間の事態の推移についてみるに、(証拠略)を総合すれば、次のように認められる。

(一)  一月一二日の会社の突然の解雇通告に激昂した債権者らを含む花巻工場の従業員らはこれに対抗して翌一三日組合を結成し、岩手県労働組合総連合及び花巻地方労働組合連合会に加盟した。そこで以後この解雇問題をめぐる交渉はもっぱら組合と会社の間で展開されることになった。

(二)  そこで早速組合は会社に対し一月一二日付解雇通告の撤回および花巻工場閉鎖・解雇理由の説明を求めて団体交渉を開始し、一月一四日に第一回の団体交渉が行われた。その交渉において会社は、組合の要求に対し工場閉鎖・解雇の撤回については回答を留保したが、一月一六日からは平常通り勤務出来るようにすること、今後誠意をもって団体交渉に応ずることなどについては了解する旨回答し、会社組合間にその趣旨の第一協定書が締結された。因みにこの第一回交渉においてもその後同月一七日に開かれた第二回交渉においても会社側から特に花巻工場閉鎖、整理解雇の必要につき詳細且つ具体的な説明や決算報告書等の資料の提出のなされた形跡はない。

(三)  会社は右第一協定書において債権者らに一六日以後の平常勤務を約束したものの、花巻工場の閉鎖を取止めたわけではないので、債権者らが出勤しても殆んど仕事がないような有様だったため、会社側が協定を遵守していないとして組合側の追求があり、主にこれらをめぐってやりとりが行なわれる中、同月二〇日に至った。二〇日は一二日通告の会社の花巻工場閉鎖予定日でもあったので、前一九日からの団交は相当熾烈なものとなり、会社側はついに二〇日夜組合に対し同日付の工場閉鎖・全員解雇の撤回と同月二二日以降の全従業員就労を認め、それ等を内容とする第二協定書が締結された。債務者会社は右第二協定書は単に工場閉鎖の日を一時日延べしたに過ぎないもので一月二七日閉鎖を目途に組合と協議を重ねる了解が別にあった旨主張し、(証拠略)がその趣旨であるが、(人証略)と対照するとこの種の了解が組合側にあったとは到底解し難く、右は単に会社の腹ないし裏話の域を出ないものと解せられる。

(四)  その後は二月八日までの間に数回の団交が持たれたが、組合側には会社が第二協定書で花巻工場従業員の就労を約しながら就労しても資材が十分供給されないため平常通り操業が再開されぬことに対する不満、更に従業員の間にあたかも「十年間の問題がいっぺんに噴き出すような形で」起ってきた従前の労働条件や会社の姿勢に対する不満が強く、その追及や団体交渉のルール等をめぐって会社側と応酬が続くのみで、会社にとって懸案の工場閉鎖解雇問題についてはなんら両者間に実のある交渉がなされずに経過した。

(五)  業をにやした会社は二月一〇日これまでの団交ルートによる話合いを打切り、突然、花巻工場従業員の一関、金ケ崎両工場への配置転換を計画したとして、花巻工場従業員全員に対し各個別に右配転に応ずるか否かの意向を同月二〇日までに会社に回答するよう通知する挙に出た(因みにそれまでの団交では会社から配転問題が交渉事項として提案された形跡はない。)。それはその内容、やり方において債権者らを刺激するものであったが、組合は何とか会社との団交を再開すべく努力した結果ようやく二月一七日に団交が再開されることになり、その後の団体交渉で右配転の内容とその根拠の具体的説明を求め(これに対しては同月二一、二三日に会社からそれぞれ資料が提出された)るとともに、配転を強行するのであれば通勤用のマイクロバスの購入、労働時間の短縮等通勤条件の緩和を更にいっそう考えてほしいと要求したが、同二五日会社は会社の提示した配転案ないし配転条件は一切変更しない旨言明したため、組合および債権者らは右配転には全員応じられない旨回答した。

(六)  配転拒否後組合側は会社がどうしても花巻工場閉鎖・解雇を強行するのならば、会社の責任において花巻工場従業員の再就職と生活を保障するよう要求することに方針を変更し、同月二七日再雇用再就職斡旋、解決金、一律退職金、生活保障金等の給与を要求する要求書を会社に提出したが、会社は三月五日前者については了解し検討するが、後者の経済的要求については一切支給しない旨の回答をした。なお、本件解雇通知はこの間になされたものである。

(七)  その後は団交も開かれないまま、三月一三日組合が岩手県地方労働委員会(以下地労委という)に斡旋を申入れたので、同月三一日地労委は大要解雇日を昭和五四年三月二一日とし、会社は所定の退職金(会社の退職金規定による)、解雇予告手当(基本給一カ月分)のほか生活保障として一人当り基本給の一・五カ月分を支給するといった内容のあっせん案を提示した。これに対し組合はこのあっせん案を受諾したが、会社は四月二日これを拒否した。

4  そこで考えるに、右に認定した事態の経過を以てしては未だ本件解雇を正当視しうるだけの前記諸条件が満されたとみることが出来ない。第一、労使間で本件解雇をめぐる諸条件についてほとんど実質的な話合いが交された形跡がない。会社はこれについて組合が過去の労基法違反等をさわぎ立てて一向に話合のテーブルにつこうとしなかったためと難詰するが、前認定の経過に照すといちがいに組合側のみを非難することは出来ない。一体、会社は一月一二日の即時解雇通告によって債権者ら花巻工場の従業員の信頼感を一挙に失ってしまったのであって、その後も平常操業の開始を約しながら十分な操業態勢におかず右不信感を除去する努力をしなかった。そうした中で、会社の提示した配転案(それは会社が債権者らのために配慮したほとんど唯一のものである)はそれが今すこし正常な時期に正常な形で示されたならば、今すこし違った受取り方をされたかも知れないが、債権者らには会社が話合いを捨てて強硬措置に出たとしか映らずかえって反撥を招き何ら事態を解決するよすがにならなかった。更に二月二七日組合が従来の闘争方針を転回し会社の工場閉鎖の方針を受け入れる態度に変った後もその方向で組合側の経済的要求について何らの協議も交渉もなされぬまま本件解雇に至っている。組合の要求が会社にとって話合いの余地がないくらい過大に思えたのかも知れないが、組合が後に地労委のあっせん案を受諾しているところをみると組合の要求が妥協の余地がないくらいに硬直なものであったとは到底思われない。そうしてそもそも本件解雇は花巻工場を閉鎖しそれに伴って全従業員を解雇するという異常なものなのであるから、それだけに工場閉鎖の理由、解雇の必要、何故に他工場の従業員は解雇の対象とならないかなどについて、会社の決算報告書等の経理資料を開陳するなどして十分な説明が加えられてしかるべきなのに会社は少くとも最初はただ単に不況を乗り切るための止むを得ない措置であるとか工場閉鎖・解雇は既定の方針である旨の抽象的な説明に終始し、ほとんど債権者らおよび組合を納得させる説明を行った形跡のないこと(因みに債権者松本妙子審尋の結果によれば、債権者ら従業員の間には会社は申請外日本ミネチュアベアリング株式会社の傘下に入っているのだから倒産など考えられないのではないかとか、花巻工場の敷地を売って子会社の台湾工場の設備拡張を考えているのではないかといった臆測が流れていたことが窺われる。これは従業員たちが会社の経営状態をそれ程深刻なものとは受取っていなかったことを示すのであり、これに対し、会社の工場閉鎖・解雇および配置転換に関する具体的な資料が提出されたのは、ようやく二月二一日になってからのことであるし会社の営業報告書等は本件仮処分申請後提出されたものである。)、整理対象者の選定にしても一工場の全従業員というのでなしに全社的に希望退職者を募集するとか整理対象者の再雇用の保障、他企業への再就職の斡旋等できる限り労働者側の犠牲を少なくする措置を考慮検討した形跡がほとんどないこと(わずかに工場閉鎖・整理解雇案を一旦撤回した後、他工場への配置転換を計画し提案したけれども、これとても会社が工場閉鎖をスムーズに進めるための手段・方策の色彩が濃い)、債権者らの退職金の増額ないし生活保障金などについても全く考慮されないものであることなど、本件証拠にあらわれた諸事情の下においては、本件解雇は会社が企業の存続維持に急な余り総じて従業員に対する配慮を著しく欠き、信義則上整理解雇に要求される前記諸要件を欠いたまま解雇を強行したものであり、解雇権の濫用として無効といわざるを得ない。

四  したがって、債権者らは昭和五四年三月一日以降においても依然として債務者会社の従業員たる地位を有する。そして、債権者らが会社から毎月別紙賃金目録記載のとおりの各賃金を当月二五日に支払を受けていたことは当事者間に争いがない。なお債務者の主張によれば、債務者会社は債権者らの同年三月分給与および解雇予告手当として債権者らの給与一カ月分相当額を供託しており、証拠上もそれは明らかであるが、解雇予告手当の支払は給料の支払ではなく、三月分の給料とは三月一日分の給料と解せられるところ、その金額の具体的主張立証がないから、当裁判所はこれを顧慮しない。

五  債権者らはその生活が会社からの賃金収入にかかっている労働者であり、本件解雇により会社から従業員としての地位を否認され、賃金の支払を受けていないことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、右事実によれば、債権者らには本案判決の確定をまっていては回復し難い損害を蒙るおそれがあること明らかであり、債権者らの債務者会社従業員としての地位を保全する必要がある。

六  よって、債権者らがいずれも債務者会社の従業員としての地位を有することを仮に定め、かつ、昭和五四年三月以降毎月二五日限り別紙賃金目録記載の各金員の仮払いを求める債権者らの本件仮処分申請は理由があるから、債権者らに保証を立てさせないでこれを認容すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 樋口直 裁判官 原田卓)

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